変形性股関節症などの股関節疾患や大腿骨近位部骨折などの股関節外傷に対して最適な低侵襲治療を提供
対象疾患
成人疾患
小児疾患
代表的疾患①
変形性股関節症とは
変形性股関節症とは、股関節でクッションの役割を果たしている関節軟骨がすり減ることによって関節に炎症が起きる疾患です。悪化すれば股関節が変形してゆき、股関節痛や機能障害を引き起こしたりすることもあります。
変形性股関節症では、この関節軟骨がすり減ったり、変性(表面がけば立ち、保水力低下により弾力を失って脆くなる)したり、脆くなって剥がれた軟骨の断片が周辺組織を刺激し、炎症を起こして痛みを生じたり、骨頭や寛骨臼が変形してしまいます。
変形性股関節症の症状
変形性股関節症の主な症状としては、痛みと機能障害(関節の動きが制限されること)があげられます。痛みが生じる原因は、主に2つあります。
〇前期股関節症
前期股関節症は、変形性股関節症の第一段階で、関節軟骨はまだすり減っていないものの、変形性股関節症になる可能性が高い状態です。
〇初期股関節症
変形性股関節症の初期段階では、起き上がったり立ち上がる際、歩き始める際などに脚の付け根(股関節)になんとなく違和感を感じたり、軽度の痛みを感じることがあります。
〇進行期股関節症
変形性股関節症が進み進行期になると、痛みが慢性化して、関節も動きにくくなり、歩行や靴下を履く動作、足の爪切り、正座などを行うことが難しくなり、日常生活に支障をきたすようになります。さらには、安静にしていても常に脚の付け根が痛んだり、夜寝ていても痛みが続いたりします。
〇末期股関節症
変形性股関節症がさらに進行し末期になると、極度の痛みを感じるようになり、脚の付け根が伸びなくなり、膝が外に向かうようになります。筋力が落ちてくることによりお尻や太ももが細くなり、左右の脚の長さが違ってきます。
変形性股関節症の原因
〇先天的な要因
先述でもご説明したように、股関節は大腿骨上部の骨頭という球状の部分が、骨盤にあるお椀状の寛骨臼にはまり込むようになっています。これらの骨の表面は関節軟骨に覆われており、この軟骨が衝撃を和らげるクッションの役割をしつつ、滑らかな可動を実現しています。この関節軟骨が摩耗してしまうと、痛みを生じたり、少しずつ骨が変形してしまい、変形性股関節症の発症に繋がってしまいます。
その他にも、乳児期に脱臼や寛骨臼形成不全を起こすなど、股関節が不安定な状態になる「発育性股関節形成不全」の方も、のちに(40〜50代頃に)変形性股関節症を発症する原因となりやすいことが分かっています。(*1)
〇大腿骨と骨盤の衝突(大腿骨寛骨臼インピンジメント)
ここまで骨頭という大腿骨上部のボールに対して寛骨臼という骨盤のお椀が狭い場合に変形性股関節症に罹患しやすいというお話をしてきましたが、逆に、寛骨臼が骨頭を覆う範囲が広すぎる場合でも、股関節の痛みや障害を生じやすくなります。
また、股関節を動かす際に、変形性股関節症になりやすい動作の癖を持っている方もいます。腰(骨盤や腰椎)も連動して使う方をスパインユーザーといい、他の筋肉を使わず股関節のみを動かす癖のある方をヒップユーザーといいますが、この股関節のみを動かすヒップユーザーの方も大腿骨と骨盤との衝突(大腿骨寛骨臼インピンジメント)が起きやすいです。
〇重量物を持ち運ぶ作業・長時間の立ち仕事をしている
重量物を持ち運ぶ作業や、長時間の立ち仕事を行う職業についている方も、変形性股関節症になりやすい傾向にあります。
〇肥満傾向にある
肥満も変形性股関節症の危険因子のひとつです。体重が増えれば、それだけ股関節にかかる負担も大きくなります。
〇過度なスポーツをしている
激しいスポーツや、股関節を大きく動かす動作のあるスポーツをしている場合も、激しい動きをする中で関節軟骨を損傷し、変形性股関節症になってしまうリスクがあります。
〇遺伝的な要因も
遺伝も変形性股関節症の発症リスクに影響があるとされています。
ここまでにご紹介した要素に当てはまる方で、「変形性股関節症の症状」にあるような症状がある場合は、変形性股関節症である可能性がありますので、一度整形外科を受診することをおすすめします。
変形性股関節症の診断方法
変形性股関節症の診断では、まず問診や診察にて痛みの部位や関節の可動域(動く角度)、左右の脚の長さの差、歩き方(歩容:ほよう)などを確認したあと、X線(レントゲン)検査で診断を確定します。X線検査では、関節の隙間の大きさや骨のう胞(骨の空洞)・骨棘(こつきょく:棘のように突出した骨)の有無、関節の変形の程度などを確認します。骨のう胞は、軟骨の痛んだ部分から関節液などが骨に侵入し、骨の溶解が起こることで穴が空いてしまう状態です。また、骨棘とは、骨に加えられた過剰な刺激により骨組織が増殖し、トゲ状の異常な出っ張りとなったものです。
変形性股関節症の治療方法
変形性股関節症の治療方法は、主に「保存療法(主に手術以外の治療法)」と「手術療法」の2つに分かれています。
●保存療法
〇生活指導
変形性股関節症の治療では、股関節の関節軟骨のすり減りを遅らせ、症状をできるだけ進行させないようにすることが大切です。そのため、変形性股関節症治療のための生活指導では、股関節にかかる負荷をできるだけ減らすための指導を行います。
たとえば、
· 重い物を持ち運びする作業はできるだけ避ける
など、股関節への負荷を減らす生活を心がけることにより変形性股関節症の進行を防ぎ、症状の改善が見込める場合もあります。
〇運動療法
変形性股関節症の運動療法は、股関節周りのストレッチや筋力訓練、有酸素運動などを行うことで、股関節の痛みや機能改善を目指す治療法です。
変形性股関節症予防・治療のためのストレッチ方法
- 床に座り、片脚のみあぐらをかくように曲げ、もう片脚は横に伸ばします。
- 背筋をしっかり伸ばし、曲げた脚にお腹をつけるように上半身を前に倒します。
- 1〜2を1回10秒間、10回程度繰り返しましょう。
股関節の前の筋肉を鍛える運動方法
- 床に仰向けに横になり、膝を直角に曲げます。このとき左右の足はくっつけておきます。
- 片脚の膝を伸ばして上げられるところまで上げ、7〜8秒間静止したあと、ゆっくりと脚を元の位置まで戻します。
- もう片方の脚も2と同様に行います。
- 1〜3を10回、1日3セットを目安に行いましょう。
体幹トレーニング(プランク)
変形性股関節症の予防や症状改善のためには、プランクなどの体幹トレーニングを行うこともおすすめです。先述の「大腿骨と骨盤の衝突(大腿骨寛骨臼インピンジメント)」にもあるように、体幹の筋力をつけることで、股関節だけを動かすのではなく、腰(骨盤や腰椎)を連動させた動きができるようになります。すると、股関節にかかる負担を減らすことができ、変形性股関節症の痛みの改善や予防効果が期待できます。
- うつ伏せの状態で、前腕・肘を床につけます。
- 腰を浮かせ、頭からかかとまでが真っ直ぐになるようにします。
- ゆっくり呼吸しながら、1分程度その状態をキープしましょう。
- 1〜3を、1日3セットを目安に行います。
上記のプランクの他にも、片脚を上に上げてプランクを行ったり、サイドプランクを行うことも、体幹が鍛えられ、変形性股関節症の予防・症状改善効果が見込めます。
(片脚上げプランク)
(サイドプランク)
健康ゆすり
脚を小刻みにゆらす健康ゆすりも、変形性股関節症の痛みに効果的であるとされています。
- 足裏がしっかり床につくように椅子に座ります。
- 片足(もしくは両足)のつま先を床につけたまま、かかとを小刻みに上下に揺らします。
変形性股関節症の方は、水泳や水中ウォーキングなども効果的です。水中では浮力が働きますので、股関節に負担がかかりづらく、かつ水の抵抗力により全身運動になるので、全身の筋肉を満遍なく鍛えることができます。
ただし、これらの運動療法もやりすぎれば、かえって関節を傷めて症状を進行させてしまうことになりかねません。運動の目安としては、翌日に疲労を残さない程度の運動を毎日続けるようにしましょう。
●薬物療法
変形性股関節症の薬物療法では、消炎鎮痛剤(抗炎症薬)などを用いて炎症を抑え、痛みを緩和することで、日常生活動作の改善を目指す治療法です。特に強い痛みが急に生じた場合や、変形性股関節症の進行期・末期で強い痛みがある場合は、こうした薬を用います。
●手術療法
保存療法でも症状が改善しない場合や、病状がかなり進行している場合は、下記のような手術療法が検討されます。
〇股関節鏡手術
股関節鏡手術とは、股関節の周辺の皮膚を2〜3箇所、1cm程度切開し、そこから直径5mm程の管の先に小さなカメラの付いた関節鏡と手術器具を挿入して行う手術です。これにより、股関節軟骨が損傷して毛羽立った繊維を除去(クリーニング)したり、亀裂部位の縫合などを行います。
1. 関節唇部分切除術
この手法では、関節唇(寛骨臼の縁にある幅15mm程の軟骨組織)の損傷した部分や、周囲で以上に増殖した滑膜(関節を包んでいる膜)を切除します。関節唇が断裂している場合は、縫合を行うこともあります。
2. 大腿骨寛骨臼インピンジメントに対する鏡視下手術
先述でも少し触れましたが、大腿骨寛骨臼インピンジメントとは、大腿骨と骨盤との衝突のことをいいます。
3. 関節デブリドマン
炎症を起こした滑膜(かつまく:関節を包んでいる膜)や軟骨を切除します。
4. 関節授動術
上記の関節デブリドマンに加えて、骨棘などを削り、滑らかに整えます。さらに腸腰筋(ちょうようきん:上半身と下半身をつなぐ筋肉)の腱を切除します。
〇骨切り術
骨切り術とは、股関節近くの骨を切って、変形した股関節の形を整える手術方法です。
〇人工股関節置換術
人工股関節置換術は、傷んだ股関節を人工股関節(インプラント)に置き換える手術です。人工股関節はカップと骨頭、ステム(骨頭を大腿骨に固定するためのもの)から構成されていて、カップや骨頭部分はコバルトクロムやセラミックなどの金属、カップと骨頭の間で関節面として擦れ合う部分には超高分子量ポリエチレンが用いられているものが多いです。ステムは金属でできています。
人工股関節置換術は、変形性股関節症が進行し、安静にしていても痛みを感じる場合や、関節の変形が進んだ進行期や末期の方が適応の手術です。
術後感染 |
細菌により膿んでしまう状態。手術後1年〜数年経ってから人工関節の周囲に細菌が感染したり、術後に一見関係なく思える虫歯や膀胱炎、胆嚢炎、扁桃炎などが原因で細菌感染が起こることもあります。 |
脱臼 |
手術後に人工関節が外れてしまうこと。脚の付け根を内側にひねるような動作は脱臼を起こしやすいです。 |
深部静脈血栓症 |
下肢の静脈内に血のかたまり(血栓)ができること。 |
人工関節の経年劣化 |
人工関節は長期に渡って体重を支えるうちに、部品がすり減り、それによって生じたポリエチレンなどの摩耗粉により起きた異物反応で、骨が溶けてしまうことがあります。その結果、人工股関節の固定が緩んでしまうことがあります。(*2) |
●再生医療やバイオセラピー
ここまで保存療法と手術療法についてご紹介してきましたが、近年ではPRP療法やASC治療といった再生医療なども新たな治療の選択肢となってきています。
〇PRP療法
PRP(多血小板血漿)療法とは、血液に含まれる血小板由来の成長因子(組織修復能力を持つ)を利用した治療法です。ゴルフのタイガー・ウッズ選手や、野球の大谷翔平選手が怪我の治療を行う際に活用した治療法としても知られています。
〇PFC-FD™療法
PFC-FD™療法は、PRP療法をさらに応用した治療法です。PRP療法は、原則、採血した血液を遠心分離して血小板濃度の高い液体を作製し患部に注入します。PFC-FD™療法はこのPRP療法で使用される液体に加工を加え、血小板内部の成長因子を取り出し、さらに活性化を施して患部に注射します。
〇ASC(脂肪由来幹細胞)治療
ASC治療は、脂肪由来の幹細胞を活用した治療法です。この治療法では、皮下脂肪から間葉系幹細胞を採取し、センターで幹細胞を培養したのちに患部に注射することで、炎症の抑制や痛みの改善効果が期待できます。
変形性股関節症にお悩みの方へ
変形性股関節症を治療すると、痛みがよくなって日常生活の質の向上が期待できます。これまで「歳のせいだから」と諦めていた趣味や旅行などができるようになるかもしれません。
参考文献
*1…新井 貴(2020)「なぜ痛いどう治す 股関節痛に負けない!「変形性股関節症」の最新治療法 日本人300万人が悩み中」,『サンデー毎日』2020年1月5日号, p.38-41, 毎日新聞出版.
*2…杉山 肇ほか(2012).『名医が語る最新・最良の治療 変形性関節症(股関節・膝関節)』.法研.
*3…Jingushi, S., et al. (2010). Multiinstitutional epidemiological study regarding osteoarthritis of the hip in Japan. Journal of Orthopaedic Science, 15(5), 626-631.
*4…日本整形外科学会診療ガイドライン委員会,変形性股関節症診療ガイドライン策定委員会(編)(2016)『変形性股関節症診療ガイドライン』
*5…中塚 洋一ほか(1995).「30歳代の先天性股関節脱臼後の変股症の検討」,『Hip Joint』21, 156-61.
*6…吉見 淳司(2020)「股関節の構造と痛みが生じる原因」,『コーチングクリニック』2020年12月号, p.4-7, ベースボール・マガジン社.
*7…Yoshimura, N., et al. (2000). Occupational lifting is associated with hip osteoarthritis: a Japanese case-control study. The Journal of rheumatology, 27(2), 434-440.
*8…Chitnavis, J., et al. (1997). Genetic influences in end-stage osteoarthritis: sibling risks of hip and knee replacement for idiopathic osteoarthritis. The Journal of bone and joint surgery. British volume, 79(4), 660-664.
*9…柳本 繁(監修)(2014).『スーパー図解 変形性股関節症・膝関節症』.法研.
*10…大鶴 任彦 et al. 変形性膝関節症に対するBiologic healing専門クリニックの実際とエビデンス構築. -基礎と臨床 2020年9月号 特集:幹細胞・PRP・衝撃波−Biologic healingのエビデンス. 関節外科. 2020年9月. vol.39 No.9. 945-954
*11…二木 康夫(2020).「PRPの膝関節内注入療法」『 臨床スポーツ医学』37(4), 478-481.
当科で行っているMIS(最小侵襲手術)+関節包靭帯温存手技+最新手術支援ロボット併用の人工股関節置換術について
手術支援ロボット「ROSA Hip」
「ROSA Hipシステム」は、人工股関節の股関節側インプラントの設置角度サポートや両脚のバランスのズレを計測し最適なインプラントを選択できる機能など、正確なナビゲーション機能で手術中の執刀医をサポートするのが特長で、これまで術者の経験にゆだねられていたインプラントの設置をロボットがアシストすることによって、より低侵襲で合併症リスクの少ない手術を可能としています。「ROSA Hipシステム」による人工股関節置換手術は保険適応となっています。
〈ROSA Hipの特長〉
難易度が高い人工股関節置換術
人工股関節置換術は、保存療法を行っても十分な効果が得られない場合や、重度の変形性股関節症および先天性の股関節形成不全の患者さんをなどを対象に、最も多く選択されている治療法です。股関節の損傷している部分を人工股関節に置き換えることで、痛みを取り除き、歩く力を取り戻すことを目的としています。
MIS法+ロボット支援手術でより体への負担が少ない
ブック メーカー と は
医科サッカー ブック メーカー
整形外科では、MIS法(最小侵襲手術)と呼ばれる術式による人工膝・股関節置換術に積極的に取り組んでいます。同術式は、筋肉・靱帯・腱など関節の周辺組織に可能な限りメスを入れず行うため、
・従来の術式と比べて痛みが少なく、回復が早い
・筋肉を切らないため術後早期の脱臼が少ない
・可動域が制限されないため、スポーツへの復帰等も可能
・従来法の約半分ほどの切開で済むため、審美的に優位などのメリットがあります。
一方で同術式は難易度が高く、専門的な知識と高度なテクニックが必要という課題もあります。同術式にロボット支援手術を組み合わせることで、これらの課題を克服し、さらなる低侵襲手術の普及およびそれによる患者さんのQOL向上に貢献していくことをめざします。
健康寿命の延伸に向けて
人工股関節置換術の件数は年々増加傾向にあり、全国で年間約7万例にのぼります。手術を受ける患者さんは若年化しており、より高い術後のQOL向上が求められています。患者さんが術前と変わらない生活を送れるよう、当院では術者の技術向上と並行してロボット支援手術の導入を進め、低侵襲で合併症リスクの少ない手術を実践することで、健康寿命の延伸に寄与していきたいと考えています。健康寿命延伸に関してロコモと変形性股関節症に関する解説動画が公開されておりますのでこちらをクリックしてご覧ください。
▶詳しくはこちら①:金治 有彦 先生|関節包靭帯を切らない、新たなMIS(最小侵襲手術)|第255回 股関節の痛みはあきらめずに受診を! 人工股関節の手術は日々進歩しています|人工関節ドットコム (jinko-kansetsu.com)
▶詳しくはこちら②:金治先生 | 特集指導者インタビュー | ブック メーカー と は
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整形外科
当院のTHAで使用しているAR-ナビゲーションシステム(AR Hip)の写真と動画
金治教授 基本情報
■金治有彦(整形外科臨床教授、人工関節センター長:火曜日午前外来)が担当
■人工関節センターについてはこちら:人工関節センター | ブック メーカー と は
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ばんたね病院
・金治有彦教授から股関節に痛みのある患者さんに対してメッセージ(動画)があります。
「【関節が痛い.com】ブック メーカー と は
医科サッカー ブック メーカー
ばんたね病院 金治 有彦先生メッセージーYouTube」はこちら
代表的疾患②
股関節唇損傷・股関節インピンジメントについて
股関節唇は、股関節を構成する骨盤の寛骨臼(かんこつきゅう)の縁を取りまくようについている弾力のある軟骨組織です。寛骨臼にはまっている大腿骨頭(だいたいこっとう)を包み込むように安定性を与え、股関節へかかる衝撃を和らげています。
関節唇には神経が存在し、損傷を受けると痛みを生じることがあります。 関節唇損傷を生じると骨頭が安定しなくなり、次第に軟骨が破壊され、変形性股関節症へ移行すると考えられています。
股関節を深く屈曲するスポーツの選手によくみられる障害です。股関節の寛骨臼と大腿骨頭の形態異常が原因となり、股関節を深く曲げる運動を行うたびに、寛骨臼と大腿骨頭が衝突を繰り返す、股関節インピンジメント(FAI)によってして股関節唇が損傷すると考えられています。
股関節唇の損傷が軽度の場合は徐々に症状が進行して40代で発症するケースもみられます。
股関節インピンジメント(大腿骨寛骨臼インピンジメント)
定義
股関節を形成する大腿骨や寛骨臼の骨形態異常のため、反復動作によって関節軟骨や関節唇などの股関節周辺構造に微細な損傷や変性をきたす疾患をいいます。
分類
寛骨臼に骨形態異常があるpincer type FAI,大腿骨に骨形態異常があるcam type FAI、そしてpincer typeとcam typeが合併するmixed type FAIに分類されます。Cam type, pincer type, mixed typeいずれのインピンジメントにおいても一般に関節唇の損傷が認められます。関節唇損傷は、寛骨臼前上部が好発部位であるが、寛骨臼の後下部にも認められる例も報告されています。
日本股関節学会FAI(狭義*1)診断指針
*1:明らかな股関節疾患に続発する骨形態異常を除いた大腿骨─寛骨臼間のインピンジメント。
・Pincer typeのインピンジメントを示唆する所見:
①CE角*2 40°以上
②CE角*2 30°以上かつacetabular roof obliquity(ARO)0°以下
③CE角*2 25°以上かつcross-over sign*3陽性
・正確なX線正面像による評価を要する。特にcross-over sign*3は偽陽性が生じやすいことから,③の場合においてはCT,MRIで寛骨臼のretroversion*4の存在を確認することを推奨する。
*2:単純X線両股関節正面像において,骨頭中心と寛骨臼硬化帯外側を結ぶ線と骨盤水平線に対する垂線のなす角。
*3:単純X線股関節正面像において,寛骨臼前壁縁と後壁縁が交差する所見であり,寛骨臼のretroversionを示唆する。
*4:後方開き。正常寛骨臼は前方開きである。
・Cam typeのインピンジメントを示唆する所見:
①CE角25°以上
②主項目:α角*5(55°以上)
③副項目:head-neck offset ratio*6(0.14未満),pistol grip変形*7,herniation pit*8
(主項目を含む2項目以上の所見を要する)
*5:単純X線大腿骨頸部側面像において,骨頭中心と頸部最狭部中心を結ぶ線と,前方の骨頭頸部移行部の曲率変化点と骨頭中心を結ぶ線とのなす角。
*6:大腿骨頸部側面像において,頸部軸に平行な骨頭前縁を通る接線と頸部最狭部前縁を通る接線との距離(OS)の骨頭径(D)に対する比率(OS/D)。
*7:単純X線両股関節正面像において,骨頭頸部移行部の外側縁が平坦化し,骨頭と頸部間のoffsetが減少する変形。
*8:単純X線両股関節正面像あるいは頸部側面像において,骨頭頸部移行部から頸部前外側に生じる小卵円形で硬化像に囲まれた骨透亮像(CTやMRIによる評価も可)。
以下の画像所見を満たし,臨床症状(股関節痛)を有する症例を臨床的にFAIと判断します。
① 前方インピンジメントテスト陽性(股関節屈曲・内旋位での疼痛誘発を評価)
② 股関節屈曲内旋角度の低下(股関節90°屈曲位にて内旋角度の健側との差を比較)
診断のポイント
① 症状 鼠径部痛, 股関節痛,股関節可動域制限(特に内旋制限)
② 検査所見
股関節インピンジメントでは特に股関節の屈曲や内旋の最終可動域において再現性のある鼡径部痛が生じる例が多いことから, 前方インピンジメントテストは診断上有用な徒手検査です。
前方インピンジメントテスト:他動的な股関節屈曲100°での内転・内旋で疼痛が出現した場合には陽性と診断します。
③ 画像所見
単純X線撮影やCTを行い、寛骨臼や大腿骨頸部の骨形態異常を有するか否かを診断します。またMRI(放射状を含む)を行い関節唇損傷の有無・程度を評価します。
治療アプローチ
① 保存療法:一般的に股関節インピンジメントの股関節痛は約70〜80%が保存療法によって症状が改善します。保存療法として主にADL(日常生活動作)指導、リハビリテーション、投薬、注射がまず行われます。
・ADL指導:日常動作などでの痛みの出る動きを制限することにより患部の安静を図ります。
・リハビリテーション:体幹や脊柱の柔軟性・可動域の改善や骨盤周囲の筋力(特に臀筋)の強化、骨盤可動性の改善を行うことにより股関節への負担を軽減させます。
・内服: 投薬消炎鎮痛剤の内服により患部の炎症を抑えます。
・関節内注射:ステロイドの頻回使用は行わないようにします。ヒアルロン酸(HA)の注射が行われるが、Platelet-rich plasma (PRP)療法など再生療法の効果が認められる場合もあり、最近注目されています。
② 手術療法:以下のようなケースでは手術の適応を考慮します。
・保存療法・リハビリ施行後3~6ヶ月以上経過しても軽減しない疼痛を有する場合。
・股関節の可動域制限が強く日常生活に悪影響を及ぼしている場合。
・日常生活で症状が改善するが活動性の高いスポーツ競技レベルでは疼痛が残存してスポーツ活動の継続が困難な場合。
手術方法
一般に股関節鏡視下関節唇修復術が行われます。鏡視下に股関節唇損傷が確認され、断裂した関節唇の不安定性同時に認められる場合には、痛みの原因である関節唇の損傷部位を縫合することにより除痛を図ります。当科では関節包靭帯を温存した低侵襲2ポータル法により股関節鏡視下手術を行っており、良好な成績を報告しています。
股関節の痛みが出る変形性股関節症の原因は、骨盤の臼蓋の覆いが浅い臼蓋形成不全が多いとされてきましたが、FAIの概念が提唱されてからは、股関節唇損傷も変形性股関節症の原因となっていたことがわかってきました。X線検査では判断できない原因不明の股関節の痛みがある場合は、専門医を受診しましょう。
参考文献
日本整形外科学会 日本股関節学会「変形性股関節症ガイドライン2016」 2016年5月25日 改訂第2版
日本整形外科スポーツ医学会広報委員会 「17.股関節インピンジメント」